ITエンジニアにおける「35歳定年説」なるものが存在するのは、多くの皆さんがご存じかと思います。特に成果物の良し悪しがシステムのパフォーマンスに直結し、アウトプットのスピードや良質なロジックの追求が要求されるプログラマに対して「プログラマ35歳定年説」などと言われることが多いようです。実はこの説、最近生まれたものではなく、まだ「IT」という言葉すら一般的でなかった何十年も前から存在するものです。一説によれば2000年ごろから囁かれ始めたとされているようですが、もっと前から存在していたのは間違いありません。
ご承知の通りこれは、新しい技術などに対する習得力や記憶力が35歳ごろから衰え始め、若いエンジニアにかなわなくなる、という一般論に起因しています。納期に間に合わせるためには徹夜仕事も当たり前のような風潮が残っていた当時は、体力の衰えも大きな問題だったのかもしれません。

そしてこの説が、年を経て経験を重ねるとエンジニアの現場から卒業し、マネジメントなど他の仕事に移っていくという、キャリアにおける既定路線が確立された一因となった面も否定できません。
それでも実際は、35歳以上のエンジニアは多数存在します。人材の豊富な大手の開発ベンダーやSIerに限らず、中小企業であっても40代・50代で中心となって活躍しているエンジニアはいくらでもいるのです。

プログラマは飯が食えなくなる?

35歳定年説より、もっと辛辣な話もありました。「プログラマなんか、あと数年もすれば飯が食えなくなる」と言われていた時代があったのです。もちろん今でもそういう話はなくはないですが、数十年前はこれが盛んに叫ばれていました。プログラマの新人として意気揚々と入社したら、まずこの言葉を先輩から浴びせられた、なんて話も聞いたことがあります。

1990年代後半から2000年代前半にかけては、インターネットの普及とともに、様々なプログラミングツールや豊富なライブラリが雨後の筍のように生まれていました。それらにより、例えばこれまで何百行、何千行と膨大なプログラムを書かなければならなかった処理が、たったの1行で済んだり、クリック1回で完了したりするようになったのです。

要するに、こういったツールやライブラリを使いこなすことで、「そのうちプログラムなんて誰でも作れるようになる」といった思い込みが生まれ、それが「あと数年もすれば飯が食えなくなる」といった言説に発展したわけです。

こちらに関しても実際のところ、現在でもプログラマは飯が食えているどころか、むしろ人手不足でどこに行っても重宝されるような存在ですらあります。

生き残るために必要なこと

ただ、35歳定年説にしろ、飯が食えなくなるという話にしろ、現在の状況を表面的に捉えて否定するのは、いささか早計と言わざるを得ません。確かに35歳以上で現場のエンジニアとして活躍している人はたくさんいますが、その人たちは軒並み、経験に裏打ちされた大きな付加価値を生み出しています。例えば、他の人の何倍もの速さでプログラムを書くとか、誰も気づかないバグ(欠陥)を発見するとか、顧客の抱える要件を誰よりも忠実にシステムに反映させるとか、そういったことです。
同じように、たとえ若いエンジニアであっても、ただプログラムが書けるというだけでいつまでも飯が食えるほど甘い世界ではありません。現在のエンジニアには、顧客折衝や要件定義など、上流工程を含めて大半の業務を一人でこなせる人が大勢います。

いわゆる「フルスタックエンジニア」と呼ばれる人たちですが、そこまでではなくとも、チーム内での意思疎通や顧客との認識共有など、一定以上のコミュニケーションスキルは持ち合わせていないと仕事にならないでしょう。

嘘のような話ですが、昔はあまりの人手不足に、街中でナンパをするように声をかけてエンジニアを探すという会社までありました。そのような状況下では、「人が苦手だから」「コミュニケーションが煩わしいから」「パソコンだけ相手にしていたいから」といった理由でプログラマを志望し、実際にそれで飯が食えていた人が多くいたのです。現在でもそういう人はゼロではないかもしれませんが、よほど高い技術力や専門性を発揮しないことには、早々に淘汰されてしまうでしょう。人々が想像する以上のスピードで進歩し、次から次へと新しい技術や概念が登場するITエンジニアリングの世界において、近年ますます高度化・専門化が促進され、それらに対応できるエキスパートの存在が重要になっています。エンジニアが生き残るためには、年齢に関係なく、そのようなエキスパートに自身を昇華させること、これが必要なのではないでしょうか。